2012年6月23日土曜日

テイク・ディス・ワルツ(ネタバレ超大あり)

アカデミー賞主演女優賞に連続ノミネートで話題のミシェル・ウィリアムズ主演、女優出身のサラ・ポーリー監督の新作「テイク・ディス・ワルツ」。
 愛し合う夫がいながら、近所に住む別の男性に心をひかれてしまう女性、というと、手垢のついた物語のように思えるのだが、それでいて、これまでにない手法で描かれているという感じがつきまとって離れない、そんな展開で進んでいたと思ったら、後半、急展開、そして、最後はさらに意外な結末が…。
 というわけで、以下、ネタバレ大あり、超大あり、で話を進めて行きます。見る予定の方は読まない方がいいと思います(ネタバレのところから文字の色を変えます)。

 夫と平凡な日々を送る28歳のマーゴは、ライターの仕事で訪れた古い時代の要塞を見学中、古い時代の衣装を着た人々が演じる公開鞭打ちショーに無理やり参加させられる。鞭打ちになる男の罪状は姦通罪。恐る恐る鞭をふるう彼女に、「まじめにやれ」と叫ぶ男がいる。
 マーゴはその後、飛行機の中でその男と再会する。彼の名はダニエル。マーゴが普通に歩けるのに車椅子で優先搭乗する様子を彼は見ていた。「飛行機を乗り換えられなくなるのが怖くて」とマーゴは言う。
 マーゴの夫ルーはチキン料理の研究家で、本を書くことを夢見ている。家ではいつもチキン料理をしている。二人の会話はちょっと変だ。「きみの内臓を食べてしまいたい」みたいなことをルーが言い、マーゴもそれに応えて「あなたの~が食べたい」とか言う。でも、二人はとてもラブラブ。
 ダニエルは、実はすぐ近所に住む画家だった。ダニエルが描いたマーゴの絵は、彼女が分裂している姿。それは彼女が恐れるどっちつかずの状態だった。
 ルーにはアルコール依存症を克服しつつある姉がいる。姉の子どもはマーゴになついている。
 マーゴがシャワーを浴びていると、突然水が出る。シャワーが壊れている、と彼女は思うのだが、それはルーが上から水をかけるといういたずらをしているのだった。
 プールでの仲間たちとのエクササイズ、ルーの姉の禁酒を祝うパーティ、何もかもが楽しげで、何も問題なく見える。ダニエルとのつきあいもキス以前の精神的なもの。この幸せな日常を捨ててまで恋に踏み込めないのは当然、と見える。ダニエルに対し、マーゴは言う、「30年後、灯台で会ってキスをする」と。

以下、ネタバレ。
 ある朝、ダニエルは突然、引越をしてしまう。マーゴの家の郵便受けには灯台の絵葉書、そこには30年後の日付と時間が書いてある。引っ越していくダニエルを窓からにらんでいるルー。この瞬間から、映画はそれまでのほのぼのとした、円満な人間関係の雰囲気を失う。ルーは妻にラブラブな気のいい亭主ではなくなる。にこやかな微笑みは消える。シャワーの最中に水が出るのは自分がかけていたのだと、ルーは告白する。マーゴは家を出る。そしてダニエルの住まいへ行き、心置きなく愛し合う。時には女性をまじえて女二人、男一人で。別のときは男性をまじえ、女一人、男二人で。スリーサム、という言葉を思い出した。そういう題名の映画もあった。
 広い部屋と大きなベッド。生活感のまるでない部屋。それはマーゴとルーの生活感だらけの家とは大違いだ。映像もスタイリッシュで、グラビア雑誌のページのよう。
 そのスタイリッシュな世界は、一本の電話で壊される。ルーからの電話。もといた生活感のある場所に戻ると、そこは以前のようなほのぼのとした世界ではなくなっている。アルコール依存症のルーの姉が問題を起こし、警察沙汰になっていた。彼女の子どもがマーゴに会いたがったので、ルーは電話したのだと言う。
 ルーは出て行ったマーゴに多少のうらみごとを言うが、もう二人の間は終わっている。ルーが以前のように、「きみの~を食べてしまいたい」的なサディスティックなジョークを言うと、マーゴは適当に同意するだけで、以前のようには同じジョークでは応えない。
 冒頭の、マーゴが料理をしている場面がもう一度、繰り返される。その料理を待っている男は誰?
 そして、ラスト、マーゴは以前、ダニエルと一緒に乗った遊園地の遊具に一人で座っている。

 ルーの言うサディスティックなジョーク、それに合わせて似たようなジョークで応えるマーゴ。シャワーを浴びるマーゴに水をかけるルー。ラブラブの愛し合う夫婦なのに、この二つがまるでトゲのように見る側にぐさりと刺さっていた。いったいこれはなんなのか、と思いつつ、しかし、それ以外には何の不満もないような、幸せそうな日常生活。人間関係も良好。どうしてここにダニエルが入り込めるのか。どんなに幸せでも隙間がある、というのではあまりに軽薄な感じがする。
 しかし、映画は後半、それまでのシーンは実はほんとうではなかったのだと告げる。
 夫婦の関係は実はラブラブではなかったのだろうし、姉の禁酒も見かけほどうまくいってなかったのだろう。
 マーゴが要塞で、姦通罪の男を鞭打つように言われるのは、ルーが浮気をしているからなのか。あるいは自分の願望なのか。チキン料理に夢中のルーは、何かが足りていないようでもある。
 飛行機で乗り換えられなくなる不安は、人生を自分の手で変えることができない不安だ。
 ダニエルとの愛のシーンは夢のようだが、あれはやはり夢だったのだろう。マーゴはルーからダニエルに乗り換えることはできなかった、いや、ダニエル自身がマーゴの幻想だったのでは?
 「アウェイ・フロム・ハー」で高い評価を受けたサラ・ポーリーは、女性の視点を持ちながらも、女性だけに偏らずに登場人物を見ている。ルーを鈍感な男性と評するのは簡単だ。この映画は、すべてがマーゴの妄想かもしれないという立場から、ルーもその姉も、マーゴの見た範囲でしか理解できない人物として描かれている。そして、マーゴ自身を観客がどう見るかは、観客に任されている。途中まではよくある話だと思われたが、最後には、これはすごい、と思わせる映画だ。