2016年10月13日木曜日

みたび「君の名は。」(ネタバレ要注意)

「君の名は。」についてはすでに2回書いているのですが、
http://sabreclub4.blogspot.jp/2016/09/blog-post_4.html
http://sabreclub4.blogspot.jp/2016/09/blog-post_78.html
リピーターにこそなっていないものの、その後もずっと頭のどこかにあって、いろいろ考えていました。
見たときはいろいろ不満があって、特に、クライマックスで三葉がどうやって町長である父親を説得したのかが全然描かれていない。あれではまるでパラレルワールドになってしまったみたい、と思ったのですが、その後、「君の名は。Another Side: Earthbound」というスピンオフ短編集にそのあたりのことが書いてあると知り、買ってきました。
ノベライズの方は新海誠監督が自ら書いているのですが、こちらは加納新太という人が書いています(角川スニーカー文庫)。
4つの短編のうち、最後の「あなたが結んだもの」という作品がそれで、とりあえずこれだけ読みました(残りはあとで)。
上のリンク先の2番目の記事で、

「三葉の家は神社を守る女系家族で、三葉の父は婿養子として家に入ったが、最愛の妻に先立たれたのがきっかけで家を出てしまい、町長になる。祖母は一葉、母は二葉、そして妹は四葉という名前で、母だけがほとんど出てこない。町長が三葉に説得されるにはこの母の思い出を出すべきだったのではないか。」

と私は書いたのですが、どうやら考えることはみんな同じみたいで、まさに三葉の母にして町長の最愛の亡き妻・二葉が重要な役割を果たしています(三葉の両親のなれそめや、父がなぜ町長になろうとしたかなども書かれている)。
私としては、ほんの数秒でもいいから、上のようなことがわかるカットを入れてほしかったなあ、と思うのですが、その一方で、この短編、面白かったけれど、すべてが仕組まれた運命だった、となっているのが逆に窮屈というか、もう少しあいまいな方がいいな、と思ってしまいます。
そう考えてみると、「君の名は。」というアニメ、あいまいなところや描写が不十分なところ、逆にこれはいらないのでは、と思うところがいろいろあるのですが、そういうあまりきっちりしていないところが逆によいのかなあ、と思えてきます。

リピーターになるほどじゃないのに「君の名は。」についていろいろ考えてしまうのは、やはり、そうした空白が想像をかきたてるからなのですね。
「君の名は。」については、「シン・ゴジラ」と同じように、ヒットしたものだから見当違いの批判がいくつも出てきているのですが、ほとんどは私には些末的なことに思えます。
たとえば、東京の高校生・瀧が友達と行くのがパフェが1600円だかする高い喫茶店なのを変だと書いている人がいましたが、確かに東京の高校生が行くのはマックかバーガーキングか、せいぜいフレッシュネス・バーガーでしょう。あるいはサイゼリヤかもしれない。とにかく安いところ。
でも、飛騨の田舎に住む三葉が瀧の体に入ってしまったとき、友達と行くのがマックだったら?
「なんだ、東京の高校生もマックなのか。マックくらい、バスに乗って町まで行けばうちの方にもあるわ」
と三葉は思わないでしょうか?
だいたい、新宿や四谷のあたりに住んでいる高校生というのが、東京の、あるいは首都圏の高校生としてはリアリティが少ない。なぜなら、そういう高校生は少数だから。
聖地巡礼されている東京の場所が、首都圏の人にとっても日常ではない、せいぜい仕事や遊びで行く場所なのです。
そうしてみると、この映画の東京は徹頭徹尾、ド田舎の三葉のあこがれの東京だということがわかります。映像もやたらキラキラしていて、美しすぎる。現実の東京ではなく、あこがれの東京として描かれているのです。
一方、三葉の住む岐阜県飛騨の山奥の町は意外とリアルです。前にも書きましたが、町長が建設会社と癒着しているとか、いかにも田舎のリアルです。
高校生がマックではなく高い喫茶店に行くのがおかしいと文句つけていた識者だかなんだかは、いまどき家を継ぐだのなんだのがおかしいとか言ってましたが、これも現実に今でもあります。
女系家族で女ばかりが生まれ、長女は婿養子になってくれる男性としか結婚できない、なんてことは、私の若い頃には首都圏の田舎の方には普通にありました。
新海監督も、長野県で百年続く建設会社の社長の息子に生まれ、会社を継ぐことを期待されながら、それを拒否してアニメの道に進んだようです。今では父親の会社・新津組のHPに新海監督の映画が紹介され、新海誠(弊社社長息子)などと書かれていますが、それまでにはいろいろなことがあり、それが三葉と父親の確執に反映されているのでしょう。
そうして考えると、三葉が父親を説得する必要があった、というのは新海監督には絶対はずせないことだった。父親を説得しなくても災害回避できるようにするという選択肢はなかった、と思えます。しかし、具体的にどうやって説得したかを描かなかったのも、そこまで描くと、自分の経験があるだけに生臭くなるから、かもしれません。
そう思うと、あえてそこを描かなかったのもやむを得ないかと思えてきます。

隕石落下の大惨事については東日本大震災の影響があるということが言われていますが、私は1985年の御巣鷹山の日航機墜落事故が影を落としているような気がしてなりません。
新海監督は長野県南佐久郡小海町の出身です。実は私は80年代後半にこの南佐久郡に友人が住んでいて、何度か訪ねていきました。
信越本線から小海線に乗り換え、小海駅で降りて、友人の車でさらに山奥に行ったので、小海駅の付近は記憶にあります(信越本線はその後廃止され、新幹線になり、小海線は別の名前に変わったようです)。
南佐久郡は御巣鷹山のそばなのですが、当初、飛行機が落ちたのは長野県側だとの情報が流れ、友人の家の近くにも報道陣がたくさん来たそうです。新海監督の住む小海にもおそらくマスコミが来たでしょう。その後、墜落現場は群馬県側であることが判明します。
日航機墜落事故の犠牲者は520名。
「君の名は。」の隕石落下の犠牲者は約500名となっています。
1973年生まれの新海監督はこの事故のとき12歳。
この事故が映画の隕石落下の原風景であったとしてもおかしくない、と思います(もちろん、想像の域を出ませんが)。

「君の名は。」のおかげで昔、小海や南佐久郡に行ったことをなつかしく思い出すことができました。南佐久郡に住んでいた友人はその後、別の場所に引っ越したので、90年以降はこの地域にはまったく行ったことはありません。友人が引っ越したきっかけは、新潟にある東京電力の原発の電気を首都圏に送る送電線が近くを通るのがいやだったからだそうです。東日本大震災のあと、東電の原発はすべて停まっていますが、新潟の原発の再稼働が焦点になる新潟知事選が今、ニュースになっています。

おまけ
三葉が父親と対決するクライマックス。私が考えた別バージョン。
三葉と父親が入れ替わってしまう。
父親の中に入った三葉は住民避難を指示。
三葉に入った父親は必至で阻止しようとする。

三葉「このオヤジは~!」
父親「この娘は~!」

ギャグです。すみません。